Interview 029

Kumi Kosuge

Kumi Kosuge

刺しゅうの従来のイメージを覆し、
誰でも楽しめるものへ。

October 20, 2021

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。幼い頃から身近にあったというものづくりの世界に飛び込み、刺しゅう作家として活躍するようになった小菅くみさん。リアルなのにどこか愛嬌のある人物や動物の刺しゅうについて、お話を伺いました。


ーー小菅さんが刺しゅうを始めたきっかけについて教えてください。

祖母がものづくりが好きな人で、その影響もあり絵を描いたり、人形を作ったり、幼い頃から見よう見まねでものを作っていました。ストッキングとスーツを着ない仕事がいいなと考えていたこともあり、フリーランスという言葉も知らない状態で「いつかはものを作る人になりたい」と思っていましたね。学生のときは日本大学藝術学部の写真学科に通っていたり、切り絵を作っていたりと、刺しゅうに特化していたわけではなく、作れれば何でもよかったんです。だけど、20歳前後の時に難病になって入院することになり、ベッドの上でできる手軽な作業が刺しゅうだったので、そこから本格的に刺しゅうを始めるようになりました。最初は他のアルバイトと掛け持ちしながら作品を作っていましたが、展示をして知り合った人たちと繋がっていくうちに次のお仕事に誘ってもらえたりして、刺しゅうだけでも成り立つようになってきて今に至ります。

ーー当初はどのような作品を作っていたのでしょうか。

PARCOで販売する用のブローチなど、小さいものを作っていました。BEAMSのPHYSICAL TEMPO(=見て、触って、嗅げる、物理世界の店舗)での展示では、テーマが決まっていたのでそれにまつわるものを作りました。テーマ自体が変わっていて、他の参加アーティストもユニークな人が多かったから本当に自由で。私の刺しゅうは可愛らしさとか女らしさがあまりないので、その自由な感じが自分に向いていると感じました。刺しゅうというと一般的には女性のイメージが強いけれど、女性だけではなくて男性でも楽しめるものだと思っていて。なので、自分の作品を見せた時に「想像していた刺しゅうのイメージと違った」と言われることが嬉しいです。

ーー確かに小菅さんの作品には一貫性があるように感じます。モチーフはどのように決めているのでしょうか。

人とのおしゃべりや、友達からおすすめされた展示などからもすぐアイディアを取り入れるので、生活をしている中で目に入ってきたものに影響を受けていますね。面白いものを見つけるたびに携帯にメモしてネタをストックするようにしています。特に人物に関しては、映画を観ているときや街を歩いているときに面白い人がいたら「あっ!」と思います。旬の人の影響を受けやすいので、最近だと(取材時8月)オリンピックのスケボーを観て縫いたいと思いました。あとは往年の人気者など私が知らなかった人でも、過去の映像を観て「うぉー!」って感動して縫いたくなります。

今縫っているのはマイケル・ジャクソンと、彼のペットだったチンパンジーのバブルス君(写真上から1枚目)。今回は実際に飼っていた動物だけど、架空の設定でその人が飼っていない動物と組み合わせるのが好きです。人物単体だと印象が強くなってしまうのですが動物と一緒だと和やかな雰囲気になるので、人物と動物を組み合わせることが多いですね。実在しない世界を表現できるのもいいなと思っている点です。主題を決めるのが一番時間がかかるのですが、ネットで探したそれぞれの資料を組み合わせて、しっかり絵を描いてから縫うようにしています。

ーー刺すときのポイントはありますか。

目を最初に縫います。人間を似せるには目が似ていないといけないので、まず初めに目を決めてから肌や髪などを縫います。動物の場合は似せるということはないけれど、同様に目から縫っていきますね。人物も動物の場合も、最後にまた目に戻ってきます。他のパーツの糸で埋もれてしまったところを鮮明にしたり、目の光などを加えることでより生き生きとした表情になるため、要の作業だと考えています。

あとは、自宅以外でも様々な場所で作業しています。主題を考えるときは家でやらなきゃいけないけれど、縫うときはマシンのように何も考えずに縫っていくので意外と外の方が集中できるんです。家だと猫もいるし、お菓子を食べたり猫に釣られて寝たりしちゃうんですよね(笑)。最近ではサウナのワーキングスペースで、周りの人がパソコンをやっている中で刺しゅうをしています。仕事ではなく趣味で刺しゅうをやっている人だと思われるので、どこに行っても早く帰ってほしそうな顔をされちゃうのですが、早く出なきゃと思うと余計に早く縫えるので捗りますね。

ーー人物の肌の色は表現するのが難しそうですが、糸などの道具はどんなものを使っていますか。

もらったりすることも多いので、特にメーカーなどは関係なく色々なものを使っています。肌の色は人によってかなり異なるので、その人に合わせて色を組み合わせていますね。絵具を選ぶみたいにガサっと糸をまとめて持ってきて縫い始めるのですが、外で作業しているときはやっぱり使いたい色の糸がなかったりして、すぐ近くにある手芸店に買いに行ったりすることもあります。

糸以外の道具もこだわりはあまりないけれど、下絵を描くときは細いコピックを使っています(写真上から3枚目)。漫画家の方も持っているような0.03のコピックで、資料を見ながら直接描いています。チャコペンも割と細いものが多いですね。あとは、引き抜きたい糸があったときに、資生堂の毛抜きを使っています。爪が短いから手では糸を取ることができないので、毛抜きは本当に役立っていますね(笑)。

ーー思い入れがある刺しゅうについて教えてください。

これは本格的に刺しゅうをやっていこうと思ってから手がけた最初の作品で、Cat’s ISSUEの展示に向けて作ったものです(写真上から4枚目)。「猫をかぶる」というテーマをもらい、展示場所が本屋さんだったこともあり栞を作りました。もともとアニメみたいな絵が描けないのでスケッチのような刺しゅうになったのですが、このリアルな描写というのは、刺しゅうを始めた当時から今日まで変わっていません。ただ、1本取りで縫っているので今みたいなワイルドなタッチではなく、柔らかい雰囲気になっています。「もっと面白いものにしたい」と思っていて、リアルな中にも笑える要素を取り入れようとふざけていったら、段々と現在のようなタッチになっていきました。
この作品は、2018年に東京で初めて個展を開催したときの売れ残りなんですけど、自分では一番気に入っているものです(写真上から5枚目)。マイケル・ジャクソンがすごく好きで、狼男とゾンビの三変化を表現しました。グループ展ばかりだったので、初の個展が嬉しくて気合いを入れて縫った思い入れのある刺しゅうです。

オオカミの刺しゅうは、雑誌の企画で2020年に作ったものです(写真上から6枚目)。去年は洋服に縫おうと決めていたので、自分が持っている服に刺しゅうを施しました。特にお題はなく何でもいいというお話だったので、その時にドキュメンタリー番組か何かで観たオオカミと、サウナで身体を叩くのに使う葉っぱがモチーフになっています。こうして見ると、本当に生活の中のものが色々と出てきていますね。

ーー7月には自身初となる書籍「小菅くみの刺繍 どうぶつ・たべもの・ひと」を刊行されましたが、どういった経緯で本を出すことになったのでしょうか。

私がモコゾウという犬のファンでずっと追いかけていたんですが、モコゾウの飼い主のお母さんが私の展示に来てくれて。その方が文藝春秋で働いている編集者で、「本を出しませんか?」と声をかけてくれたんです。おばあちゃんが元気なうちに1冊は本を出したいと思っていて、「自分で出そうかな」と考えていたぐらいだったので、本当にタイミングよくお話を頂きました。完成した本を見せたら、99歳のおばあちゃんが泣いて喜んでくれたんです。おばあちゃんの影響もあり今のような生活をしているので、見せることができてとても嬉しかったです。

今回の書籍はHow Toも載せつつ、作品集としても楽しめるような内容になっています。私も羊毛フェルトの本を買ったりするのですが、実際に自分では作らなくても眺めているだけで面白いので、刺しゅうをやらない人にも魅力が伝わればと思っています。

ーー目標とされていた書籍を出して、今後新たにやってみたいことはありますか。

これからは平面だけではなく立体的な刺しゅうに挑戦したいです。あとは、大きいものを作ってみたいですね。先日の展示でも等身大の人物を縫ったのですが、今後も続けていきたいと思っています。

反対に、自分が縫うのを考えた時、モチベーションが上がらないなと思ったモチーフの場合は、「この方が面白そうですよ」と楽しく縫えるようなモチーフを私から提案し直したりもします。そうすると、気持ちが乗っているので進みも早く、自分が楽しんでいる様子も刺しゅうに表れるような気がしますね。あとは、「作業の一部を他の人に任せてみれば?」と言われることもあるのですが、それも考えていません。少しでも誰かの手が入ってしまうと、自分でやっているとは言えなくなってしまうので。時間もかかるしもっと効率的にやっていく方法もあるのかもしれないけれど、あくまで自らの手で刺しゅうするということを大切にしていきたいです。

text:藤枝梢
photo:中矢昌行
取材協力:CANDLE CAFE


取材後記

手刺しゅうにも絵のように、タッチがあると思っています。
同じものを刺しても、作り手によって仕上がり、風合いが異なります。
そんなタッチが魅力的だと以前から感じていた小菅さんの作品を、取材の少し前にはじめて拝見する機会がありました。

チャーミングさと、情熱やサービス精神、兎に角『すき』が糸の数だけ込められているのが、ビシビシ伝わってくる作品は、ずっと見ていても飽きません。
それは、話しはじめるとずっと話していたくなる小菅さんにそっくりな刺しゅうでした。

人がすきで日常をおもしろがって暮らしている中から見つけたモチーフたちは、よく特徴を捉えて似ているのはもちろんですが、おそらく実際よりも人懐っこく仕上がっているんではないのかな?
見る人に『この人に会いたい』っと思わせる魅力もプラスされているようです。
それも小菅さんの刺しゅうマジックなのでしょう。
モチーフに選ばれた人は幸せだなぁっと羨ましくなりました。

とってもこだわっているところ、ゆずれないところの境目がはっきりしているのも、小菅さんらしいところ。
刺しゅうする場所や道具はなんでもよくて、自分の身近にある使いやすいものを選んで使う。
刺しゅうの下書きや進め方も自分にあった方法を見つけながら楽しんでいる。
ものをつくる1番純粋なことをずっと変わらず続けているのだなぁっとハッとさせられました。

飾らない人柄同様、過度に飾らず、ひょうきんで周りの人をにっこりさせてくれる、小菅さんと作品たちにまた会える日が楽しみです。

atsumi


Kumi Kosuge

東京都生まれ。刺しゅうブランド「EHEHE(エヘヘ)」を中心に作品を製作したり、グループ展やポップアップショップなども開催。独自の視点で選んだモチーフを、大胆なタッチながらも繊細な刺しゅうで表現している。2021年7月には初の著書「小菅くみの刺繍 どうぶつ・たべもの・ひと」(文藝春秋)を出版。

https://www.instagram.com/
kumikosuge/