Interview051

Shobu Style

Naoko Asaga

完璧ではないからこそ美しい。
「スーパー素人」の実直な手仕事。

January 19, 2024

鹿児島県鹿児島市にある知的障がい者支援施設の「しょうぶ学園」。刺しゅう・陶芸・和紙・木工などの芸術活動や、音楽パフォーマンスなどの表現活動を行い、利用する人の個性や適性に応じた制作スタイルを支援しています。その中でもひときわ注目を集めている「nui project」を中心に、各工房での活動について副施設長の福森順子(のりこ)さんにお話を伺いました。


ーーしょうぶ学園では、どのような活動を行なっているのでしょうか。

1973年に創立され、障がいを持つ人たちが地域社会でよりよく暮らしていくための環境を提供しています。創立当時は地場産業である大島紬の機織りの下請け作業を行なっていました。ただ、利用者さんにとっては全員が上手に下請け仕事をするのは難しかったので、自由にものづくりをしてもらうことになりました。今までのような制約がなくなったことで利用者さんの個性が発揮されるようになり、1985年には布・土・和紙・木といったジャンルごとの工房を設立。以来、「与えられる」側から「創り出す」側になることを目標に、オリジナルの作品を作っています。

ーー元は下請けから始まったのですね。まずは、布の工房について教えていただけますか。

布の工房では裂き織りや刺しゅうなど、布関係の作品を手がけていて、1992年に「nui project」という名で本格的な活動を始めました。それまでは下請けの作業を中心としていたため、自由にやっていいとなったときに、利用者さんも最初は戸惑いを感じていました。以前は職員の指導の下で作業をしていたので、急に好きにしていいよと言われてもどうしたらいいか分からなかったようです。

そこで、「まずは丸や三角といったシンプルな図形を描いて、その中を刺しゅうしてみたら?」と提案しました。そういった経緯もあり、彼は自分で丸を描いて刺しゅうするようになりました(写真上から1枚目)。糸をかなり長く使っているので捨てる分も多いのですが、指摘してしまうと自由にできないのであえて触れません。あまりにも長いときには職員が拾ってこっそり戻していることもありますが(笑)。

ーー各々がやりたいことをやれるような環境になっているのですね。

オーガンジーの布を好んで使い、端を折って縫い留めている人もいます(写真上から2枚目)。よく見ると白と赤の糸を2本合わせて玉結びしていたりします。私たちにはその理由は分からないけれど、本人には何か理由があってやってることだと思います。一見散らばっているように見えるこの状態も、自分の中ではあるべき場所にあるべきものがあるのが心地いいようで、踏み入ることができない場になっています(写真上から3枚目)。東京都美術館でインスタレーションとして、この部屋の様子を再現したこともあります。年末に利用者さんが帰省するタイミングで職員が整理保管し部屋の掃除をして、1月からまたまっさらな状態で始まるというのを繰り返しています。

ーー織りをやっている方もいらっしゃいますね。経糸もご自身で張っているのでしょうか。

経糸をセットするのは難しいので、職員が張っています。彼女は古い布を裂いてひも状にして緯糸として織り込んでいく裂き織を中心に作業をしています(写真上から4枚目)。

ーーこちらのシャツ(写真上から5枚目)は販売もされているんですね。どのように制作しているのですか。

白い無地のシャツを購入し、利用者さんが手刺しゅうをしてから職員がミシンをかけて仕上げています。以前はイチから洋服を作っていたこともあったのですが、職員全員に服飾の技術があるわけではないため、既製品のシャツを購入するようになりました。シャツに直接刺しゅうするときには、たくさん刺しゅうしすぎてサイズが小さくなってしまうこともあります。また、利用者さんは玉留めをしない人が多く、そのままだと糸が抜けていってしまうので、ほつれ止めを兼ねて職員がミシンをかけるようになりました。玉留め自体は教えればできるのですが、なぜ玉留めが必要なのかが理解しにくいです。それを一生懸命教えるよりも、上からミシンをかけてしまった方がいいのではということで、このような制作方法になりました。中には少し変わった玉留めをする人もいて、短くなった残糸(青糸)も一緒に使って玉留めをするんです。表からは見えないので分からないのですが、裏を見ると時々青い糸が混じっていたりします。この玉留めを見せたく、本来は裏として刺していた面が表になるように襟の部分を仕上げました(写真上から6枚目の右)。

利用者さんは継続して作業を続けることが得意な方が多いです。絵もそうですし、刺しゅうをしていても糸がびっしり詰まっている作品が多いですよね。生地全体を刺し終わったように見えても、どんどん細かくなっていくので、気が付いたらシャツの袖のカフスのボタンホールまで刺しゅうしていたこともあります。

ーー集中して作業しているのですね。他の工房でも同じようなことはありますか。

たとえば陶芸をやっている方で、同じものを大量に作る人もいます。今まで車を600台ぐらい作っているのですが、飽きる様子は全くないですね(写真上から7枚目)。土の工房では、車やオブジェなど好きな形のものを作ったり、職員が型で作ったお皿に絵付けをしています。ここで作った器が、京都のエースホテルでソープディッシュとして使われています。エースホテルのエントランスには、刺しゅうを施した布をつなぎ合わせたファブリックアートも展示しています。

その他にも企業とコラボレーションすることがあり、DEAN&DELUCAでは毎年クリスマスオーナメントのデザインを利用者さんの絵から選んでいただいております。

ーー様々なところで注目を集めているんですね。紙から作ったオリジナル商品もあると聞きました。

和紙の工房で漉いた和紙を使って、カレンダーを制作しています(写真上から8枚目)。毎年一人の人に12か月分の絵を描いてもらって、印刷もシルクスクリーンで手作業でやっています。この工房ができたころは牛乳パックで紙を作っていたのですが、手間がかかる割にあまり出来がよくなくて。だったら本格的に和紙を漉こうということで、楮(こうぞ)などを原料とした和紙を作るようになりました(写真上から9枚目)。

ーー全て手作りだからこその味わいがありますね。木の工房ではどのようなものを作っているのでしょうか。

定番はお皿やお椀などです。利用者さんは木の塊を彫って器にしたり、板に釘や鋸で傷をつけ、それをデザインとして使用し、トレーやブローチに仕上げて製品としています。園長が元々木工をやっていて家具などを作っていたこともあり、2006年に入所棟を立て替えることになったときに大きい機械も導入しました(写真上から10枚目)。入所棟のベッドやドアなんかも、この工房で製作しました。

ーーそんなに大きいものまで!しょうぶ学園内で色々なものがまかなえるので、小さな街みたいですね。

「ポンピ堂」というパン工房(写真上から11枚目)や自家製生パスタを提供している「バスタ&カフェ Otafuku」、今は休業中のそば屋「凡太」も学園内にあります。どのお店も一般の方も利用できますし、ポンピ堂のパンは近所のフランス料理屋さんに卸したりもしています。勤務時間が決まっているので、普通のパン屋さんのように朝早くから営業するのは難しいのですが、できる範囲で続けています。

また、利用者さんの作品を展示する「Sギャラリー」というアートギャラリーもあります(写真上から12枚目)。年度初めにおおよそのスケジュールを決め、大体3か月に1回ぐらいのペースで展示を入れ替えています。今は(取材時2023年11月)石野敬祐さんという方の展示を行なっています。幼少期はコピー用紙とセロテープを使って立体の女の子の作品を作っていましたが、最近は職員の名前など、文字の作品を作るようになりました。カーブが再現しづらいので、ひらがなの名前も当て字で漢字にしているのですが、難しい漢字を選ぶことが多いですね。2024年1月は、工房でできたB品を販売する掘り出しもの市を開催する予定です。

ーー他にも作品を購入できる機会はあるのでしょうか。

学園内にあるクラフトショップ「ル・デポ」やWEB SHOPで購入可能です。今年の8月には「amua-ロバのひとみにすむ惑星の、はなし」という絵本を制作しました(写真上から13枚目)。美術家の篠原芳子さんがしょうぶ学園に訪れたときに感じたことを文章にし、絵描き兼職員が絵を、利用者さんが字を描いています。印刷したものとは別に、受注生産で手作りのバージョンもあり、そちらはしょうぶ学園で漉いた和紙で箱を作り、カバーにも刺しゅうが施されています。構想から5年の歳月を要しましたが、その分丹精込めたものができました。

ーーまさに世界に1冊だけの絵本ですね。利用者の方はどのように自分が在籍する工房を決めているのでしょうか。

本人やご家族の希望で工房を決めています。どこでもいい場合はトライアルで色々な工房を経験し、本人と職員が話し合って決めます。職員は、本人がその空間で居心地が良さそうかを見ていますね。

利用者さんはアナログな人たちなので、手で作る昔ながらの方法が彼らには合っていると日々実感します。陶芸なんかは特にできあがるものはプリミティブだけど、それが味になっていて。デジタル化が進んだことであらゆる分野で職人が減ってしまい、伝統工芸のような高級な世界の職人しか残らなくなってしまいましたが、日常的なものづくりの技術も継承していきたく、しょうぶ学園では様々なジャンルに挑戦しています。私たちは自分たちのことを「スーパー素人」と言っているんですが、素人だからこそ真摯にものづくりに向きあえると思っています。今後も利用者さんの個性を活かしながら、独自のものづくりを展開していきたいです。

text :藤枝梢
photo : 中矢昌行

取材後記

しょうぶ学園の存在を知ったのは、もう10年以上前、わたし自身刺しゅう作家としての活動をはじめて間もない頃だったと思います。布や糸を用いた作品を作るアーティストが数人で展示していた中に、しょうぶ学園の『nui project』の作品もありました。はじめて見る作品に圧倒され、しばらくその場から動けなくなりました。帰宅後、インターネットで調べてしょうぶ学園の概要を理解し、その後も福森さんのトークショーを聞きに行ったり、コンサートに行ったり、とにかく自分の目で見られる、触れられる機会があれば足を運ぶようになりました。

説明が難しいのですが、ひとつでも多くの作品を自分の目で、近くで見たいっという衝動に駆られるのです。はじめて目にした日から、変わることのないエネルギーに圧倒され、敵わないと打ちひしがれ、純粋でまっすぐなものづくりに憧れのような気持ちを抱き続けているのかもしれません。

この春、念願叶って、はじめて学園を訪れることができました。なんて空が大きくて、自然に囲まれた気持ちのいい場所なんだろう。建物も素敵だし、いたるところに入所者さんの作品や、文字が取り入れられていて、それがとても心地よく調和していて、自分の暮らしにも取り入れたいと思うほどでした。カフェでいただいたランチもとても美味しくて、器の使い方や盛りつけもとってもおしゃれでますます惹かれていきます。隅々まで生きることがぴかぴかしていてとても幸せな気持ちになりました。近年では、企業とのコラボレーションや、展覧会などで存在を知っている方も多くいらっしゃると思いますが、刺しゅうという観点から取材させていただきたいと思い今回の取材に至りました。

どの工房でもたくさんの作品が日々生み出されているのですが、布の工房では織りや刺しゅうなど、糸や布を用いた作品が日々生まれています。指導するスタッフの方もその道のプロというわけではないので、お一人お一人が、手を動かして心地よい状態をサポートしたいとおっしゃっていました。そんなに簡単なことではないと思うのですが、無理に強制したり、全て理解することはできないけれど、変に難しく考えずに、時には一緒に面白がっているように見えて、それこそが、一時的ではなく同じ時間を長く過ごすということなのだと感じました。これは、障がいのあるなしに関係なく人間関係全般に当てはまることなんだと思います。

作業の様子を見ていると、とても不器用な方法で、少し危なっかしいようにも思えるのですが、そのやり方でずーっと作業を続けているのです。時間とか効率とかは関係ない。歳を重ね、見づらくなってきたら、針と糸を太くすればいい。とてもシンプルです。ひたすら丸を刺しゅうする人、絵日記のような短い言葉が添えられた刺しゅう、とにかく刺し埋める人。作るものはそれぞれですが、どれもとても魅力的でした。

お話を伺った中でとても好きだったのが、玉留めするときに、糸の切れ端も一緒に止める行為のこと。捨ててしまう糸が勿体無いからなのか、理由ははっきりとはわかりませんが、玉留めという一区切りの行為に少しオマケをつけるような、何か神聖な儀式のような感じで縫い止められる捨てられるはずだった糸。わたしには、その行為がとても優しい行為のように感じ、にっこりしました。

自分とは全く異なる工程を経て生み出されているしょうぶ学園のみなさんの作品を、これからもできる限り見られたらと改めて思うと共に、このエネルギーや作られたものについて多くの方と話す機会を持てたらと思った取材でした。

atsumi


Information

しょうぶ学園

鹿児島県鹿児島市吉野町5066