Interview 037

Iyo Okumi

Iyo Okumi

刺しゅうと色鉛筆。異なる手段に共通する“描く”ということ。

August 19, 2022

刺しゅうの魅力や惹かれた理由を聞く連載インタビュー。絵を描く表現方法のひとつとして刺しゅうを用いる、刺しゅう作家兼イラストレーターの奥見伊代さん。sanctuaryをテーマにした個展にて、現在のスタイルになった経緯やその神秘的な作風についてお話を伺いました。


ーー奥見さんが刺しゅうを始めようと思ったきっかけについて教えてください。

元々デザイナーに興味があり、大学ではファッションの勉強をしていました。3、4年生ぐらいのときに、クラスメイトが自分で作った洋服に刺しゅうをしているのを見て、私もやってみたいなと思いワンピースに刺しゅうをしたのが始まりです。さかのぼると、保育園で使っていたシューズ入れや座布団などに母が刺しゅうをしてくれていて、家にあった刺しゅうの本を見て「次はこれがいい」とリクエストしていた思い出もあり、幼い頃から刺しゅうが身近にありました。途中で刺しゅうに触れる機会は少なくなってきたのですが、大学時代に再びよみがえってきた感じですね。

最初のころは、刺しゅうの本を買ってきて勉強していたのですがステッチが全然理解できず、「もう好き勝手にやろう」と決めて自由に刺し始めたら楽しくなってきて。刺しゅうを用いてどのような表現ができるかということを色々と試して、まとめたものがこちらの見本帳になります(写真上から1枚目)。卒業制作では、同じく刺しゅうをやりたいと思っていた友達と共同で、刺しゅうの絵本を作りました。刺しゅうをした生地を撮影し文章をつけ、手製本で絵本にしました。

ーー大学を卒業後はどのような道に進まれたのでしょうか。

服を作るよりも刺しゅうそのものが楽しく、刺しゅうをやりたいという気持ちが強かったので、ファッションデザインの道には進みませんでした。刺しゅうをやるにはベースとして絵が大事だと思っていたこともあり、雑貨屋さんで働きながら、社会人が通うイラストのアトリエのような学校に夜間や週末だけ通っていました。6年ほど通っているうちに色鉛筆の方が楽しくなってきてしまって(笑)。この時期は色鉛筆で描いた作品の展示をメインに行なっており、刺しゅうはブローチなどの小物類ぐらいでした。

その後、今回も展示をしているondo galleryに声をかけてもらって、現在のような1枚の絵の形をした刺しゅう作品の展示を行うようになりました。色鉛筆の時代も入れたら10年ほどやっていますが、刺しゅう作家と名乗るようになったのは3、4年ぐらい前からです。

ーー刺しゅうと色鉛筆、どちらで作品を作るかはどのように分けているのでしょうか。

前はモチーフがポンポンとあるようなものは刺しゅうで、風景などの全体的なものは色鉛筆でという風に分けていましたが、最近は複雑なものも刺しゅうでやるようになってきました。どちらもまず色鉛筆でラフを描いて、その段階で刺しゅうにするかそのまま色鉛筆で描いていくか決めています。刺しゅうは艶があるところや立体的なところがイラストとは違いますし、時間がかかる分気持ちが線に表れるのが良さだと思います。一方で、色鉛筆はより複雑なものも描けますし、勢いよく進めていけます。私は白い部分を残すのが好きなのですが、そういうのは色鉛筆の方が気持ちよく出せますね(写真上から2枚目)。

ーー実際に刺しゅうしている様子を見せてください。

色鉛筆で描いた下書きを単品ずつ写して、刺しゅうしていきます(写真上から3枚目)。「この刺しゅう糸の色の組み合わせがかわいい」と思って色を決めることも時々ありますが、下絵の時点で色を決めているので、それをもとに刺しゅう糸も選んでいきます。刺しゅうのモリっとしたボリュームがある豪華な感じも好きだけれど、私はどちらかという軽さを出したいと思っています。色鉛筆で描くときに、白いところを残すのと同じ感覚なのかもしれません。刺しゅうでも隙間や余白といったものを大事にしているので、糸は1本取りでやっています。

ーー描くモチーフはどのように決めているのでしょうか。

人や動物は大体入れるようにしています(写真上から4枚目)。私は作品を作るときには、まずストーリーから考えるようにしているんです。ちゃんとしたストーリーではなく短編集のような感じでシーンごとに考えているのですが、動きを出すためにも人を入れることが多いですね。

ーー作品を作るにあたり、影響を受けたものなどはありますか。

母に連れられて小さいときから美術館や劇などに行っており、アートに触れる機会は多かったです。また、博物館や植物園などにもよく足を運ぶので、色々な影響を受けていると思います。ダイレクトにこれというわけではないのですが、安野光雅さんの『旅の絵本』はすごい好きでした。旅人が世界各地を旅する絵本で、文字は一切ないけれど絵だけでも情報量がとても多いんです。イギリスの話だと端の方にアリスや白ウサギが描かれている、といったような細かな仕掛けがたくさん散りばめられていて。それが面白く感じ、私も作品に隠しメッセージのようなものを入れ込んだりしています。

ーー今回の個展について教えてください。

「Sleep in me」がタイトルで、sanctuaryをテーマに作品を作りました(写真上から5枚目)。以前にもsanctuaryというタイトルで展示を行なったことがあるのですが、そのときは楽園や植物園などの“園”がテーマだったんです。今回は、心の中にある避難所だったりオアシスだったり、私の中にあるsanctuaryがテーマになっています。このテーマを表現するのに薄いオーガンジーがぴったりだなと思い、オーガンジーを生地に選びました。前に一度オーガンジーで試しに作品を作ったときに、影が落ちる様が綺麗だなと思っていて、いずれ何か形にできたらと考えていたのでちょうどよかったです。普段、麻や綿に刺しゅうをしているときは渡り糸が表からは見えないので、特に何も考えずに刺しているのですが、今回透ける素材を使用したことで渡り糸が見えることに気が付いて。最初は一回ずつ糸を切り綺麗に処理していたのですが、途中から渡り糸の流れが見えるのも素敵だなと思い、いつものように自然に刺しています。

2枚の生地を前後に重ね二層にした作品は、隔離され守られている様子を表現しています(写真上から6枚目)。こちらの額やメインのいくつかの作品は、木枠を手作りしています。作品のイメージに合わせ、刺しゅうの影が壁に落ちるような木枠にしたかったので自作しました。唯一立体的な刺しゅうにした枕の作品は、美術館に行ったときに見た陶器の枕から着想を得ています(写真上から7枚目)。今回の展示のタイトルSleep in meと、テーマである自分の中のsanctuaryをイメージして、自分の中に入っていけるような枕を私も制作してみました。

「自分の中から出てくるものがなかったら、作品ができなかったらどうしよう」と怖気づいてしまい、去年は2回しか個展をやらなかったのですが、そしたら作品を作るペースも落ちてしまいました。なので、今年はもうちょっと定期的に入れようと思い、次は12月に兵庫県で個展を予定しています。

ーーコンスタントに個展を行うようにしているのですね。今後何かやってみたいことはありますか。

いつも目の前のことに必死で流れに身を任せてしまっているので、ちゃんと目標を決めてやりたいですね(笑)。私にとって刺しゅうで描くことは大切で、今後も続けることで世界観をより深めていきたいですが、作品の幅を広げるために刺しゅう以外でも表現できることがあれば挑戦したいと思っています。

あとはやりたいこととは少し違うのですが、何百年後とかに、作者不明というような形で私の刺しゅう作品が博物館などに残っていたらいいなと思っています。昔の人の刺しゅうを見て、私自身ハッとなったりするので、同じように「誰がどんな思いで刺しゅうしたんだろう」と未来の人が考えてくれたら嬉しいですね。

text:藤枝梢
photo:中矢昌行


取材後記

奥見さんの作品をはじめて目にしたのは、どこかのサイトかSNSの画像でした。線画のような刺しゅうのような?不思議なタッチと世界観で実物を見てみたいとすぐに思いました。
描かれているモチーフや人物も実在するような、しないような独特の世界が確立されていて、どんな方がつくられているのか、とっても興味が沸き取材をお願いしました。
いざ、作品を見せていただくと想像した通り繊細で美しい。だけど凛とした強さのようなものを感じて、じぃ〜っといつまでも見ていたくなります。今回の個展では、色鉛筆で描かれた作品と刺しゅう作品の両方が展示されていたのですが、どちらもそれぞれの画材の特徴が生かされていて、奥見さんの世界にぴったり。それでも、色鉛筆だから描ける世界と刺しゅうだから描ける世界の棲み分けが奥見さんの中ではっきりとあって、本当によく考えられているんだと感心しました。実際に刺しているところを見せていただいたのですが、刺しゅうする場合は輪郭だけを写し、面の部分は迷いのない針の運びで埋められていきます。その動作は、鉛筆でサッサッと面を埋めていくように、小さな頃から身についているような動きでずっと見ていたくなりました。今回のテーマに合わせた額装や透けてできる影なども本当に美しくて、見れば見るほど新しい魅力を発見してしまう見応えのある展示でした。

今後のことを聞いた際に、『流れに身を任せて』と言っていたけれど、そこにはご自身の『こうしたい』という強い意思があたりまえに存在していて、それは決して頑なではなく、柔軟さをもった揺るぎないものだからこそ身を任せることができ、それがよい方向に導いてくれるんだろうなっと思います。それは誰にでもできることではないはずです。そのとき、そのときに必要な動き方をきちんと整理して進めているのは、作品も暮らし方、生き方にも共通しているのかもしれません。

完成できるのか、かたちにできるのか、間に合うのかという生みの苦しみは当然あるのだけれどどこか、そんなことさえも楽しんで制作しているようでとてもすてきだなっと思いました。そんな奥見さんとお話したせいか、はやく刺しゅうしたい気持ちを押さえながら帰路につきました。

atsumi


Iyo Okumi

兵庫県在住。京都造形芸術大学ファッションデザインコース在学中に刺しゅうと出会い、卒業後にイラストレーションを学ぶ。刺しゅうとイラスト両方を使い、幻想的な雰囲気の作品を手がける。12月8日(木)- 27日(火)には、兵庫県のカフェ・TeToTeにて展示を行う。

http://moshimoshiyio.jimdo.com/