Interview 033

ototoito

ototoito

目指すは世界。
オノマトペで表現された個性豊かな質感の糸。

April 20, 2022

「きらきら」「もふもふ」「ふかふか」というオノマトペから、質感を楽しめる刺しゅう糸を手がける新たなブランド「ototoito」。キットの販売に先駆け行われた展示会にお邪魔し、ディレクションを担当した装いの庭・藤枝大裕さんと、デザインを担当したatsumiさんにお話を伺いました。


ーーまずは、お二人の出会いについて教えてください。

atsumiさんとは、前職の手紙社に勤めていた際に担当していた店舗で商品を取り扱えないかお声掛けしたのが最初です。その後、ワークショップをお願いしたのですが、作品と本人のキャラのギャップがツボで(笑)。作り手としてとても尊敬していましたから、独立してからも機会があれば連絡をしていました。手紙社のときはイベントを企画・運営していましたが、繰り返す中でそういう形ではなく、違う関わり方で作家さんと何か一緒にやれないか考えるようになっていて、今回はatsumiさんとの商品開発という形でそれが実現できました。(藤枝さん)

ーーototoitoはどのようなきっかけで始まったのでしょうか。

2019年に行われた『刺繡博物図』の刊行イベントのトークショーに、藤枝さんが遊びに来てくれたんです。その際、「今後したいことはありますか?」という質問に「何か発明したい」と言ったことを面白がってくれて。それから、ちょっと変わった刺しゅう糸を作ろうという話になり、月に一回ぐらいのペースで情報交換をしながら、自由にアイデアを膨らませていきました。

漠然とですが「MoMAに置けるようなものを作りたい」と思っていたので、「海外も視野に入れたものづくりを」と、コンセプトを詰めていました。オノマトペというテーマは、そんなときにふっと浮かんできたんです。質感をシンプルに表現できるので糸のイメージも掴みやすいですし、日本語は他の言語に比べてオノマトペの種類が多いので、商品展開がしやすそうなところもぴったりに感じました。今回制作した「きらきら」「もふもふ」「ふかふか」の3種類は、それぞれ質感の違いがあって分かりやすく、見た目のインパクトも大きいという点で決定しました。(atsumiさん)

ーー糸の開発はどのように行なったのでしょうか。

近藤株式会社という、僕が新卒で勤めていた愛知の撚糸メーカーで作ってもらっています。刺しゅうは糸を出し入れするため、装飾が付いていると刺しているうちにどんどん取れていってしまうんです。糸自体が可愛いものは割とあるものの、耐久性が重要なので太さに一番気を使いました。近藤㈱は意匠のある糸を作ることができ、中でも細い意匠糸に特化しているということもあり相談することにしました。

たとえば、「ふかふか」のモール糸は元々色がついている糸に芯糸を撚って毛羽を作っています(写真上から2枚目)。後から染める方が生産効率はいいのですが、それだと毛羽の風合いが上手く出ないらしく、この手法になりました。こういった製造する上での工場とのやり取りは僕の方で担当し、糸の色の指示など、デザイン関係に関してはatsumiさんに一任しています。(藤枝さん)

ーーはっきりと役割を分担されていたんですね。今回のキットに入っている3種類の図案について教えてください。

最初の商品なので分かりやすく、みんなが好きでかつ自分が得意な絵にしました。虫が早めの段階で決まったのですが(写真上から3枚目)、猫は普段あまりモチーフとして選ばないので、一番狙っていった感じはありますね(笑)(写真上から4枚目)。クラゲは透けているところが美しいのですが、糸で全部埋めてしまうと透け感がだせなくて元々刺しゅうで表現するのが難しいんですが、「きらきら」の糸にしたことで奥行きを出すことができました(写真上から5枚目)。3つの中で唯一グラデーションの糸なので、刺し方によってイメージが変わるのも面白く圧倒的に人気ですね。セットに入っているのは濃紺の生地ですが、オーガンジーなどの透け感のある生地に刺しゅうしても透明感が際立って綺麗だと思います。

どれも浮かび上がってくる見た目が可愛らしいし、手触りも気持ちいい仕上がりになっています。また、糸自体が太いのでステッチの粗が目立たず、刺しゅうに慣れていない人でもサクサク進められます。私の図案は細かいものが多いので、それが理由で敬遠していた初心者の方にもぜひ挑戦してほしいですね。(atsumiさん)

ーー図案がプリントされた生地と糸の他には、何が入っているのでしょうか。

はさみと刺しゅう枠は入っていないのですが、それ以外に必要なものは全部セットになっています。普段刺しゅうをやらない人にも手に取ってもらいたかったので、なるべく親切なものにしたかったんです。また、特殊な糸なので使う際のリスクを減らすためにも、針や糸通しは専用のものが入っています。

太い糸を通すには針穴が大きいクロスステッチ針などが適しているのですが、クロスステッチ針は先が丸くなっているので、何回も刺しているうちに生地を傷めてしまう恐れがあります。そこで、チューリップという老舗の針メーカーに相談し、セットに入れる針を用意してもらいました。糸の見た目から刺しづらそうと思っていたお客様も多かったのですが、今回の展示会で実際に試してもらったら「想像よりもスムーズに刺せますね」とおっしゃっていて、専用の針のおかげでこの刺しやすさが実現できたのだと思います。

糸通しは従来のものだと壊れやすく、太い糸だとなおさらグッと力尽くで通そうとしてしまいそうなので、頑丈なものを作りました。片方はオリジナルの太い糸用で、もう片方は普通の刺しゅう糸用になっていて、持ち手部分にはototoitoのマークの一部が入っています(写真上から6枚目)。(藤枝さん)

ーーサンプラー用の生地も入っているんですね。

サンプラーを完成させるワークショップを行なっていることもあり、サンプラーをずっと作りたかったんです。特に今回はみなさん初めて触る糸なので、「このステッチだとこういう質感になる」というのに慣れるためにも、サンプラーを使って練習してもらいたくセットにつけました(写真上から7枚目)。

私の著作でも図案の紹介をしていますが、そのまま同じように作るよりは少し自分で色を変えたり、ゆくゆくは自分で図案を考えたりする余白を残しておきたいと思っています。色んなステッチを試すことで、何か新しい図案を刺すときにも想像がしやすくなるので、サンプラーはそのヒントとしても活用してほしいです。(atsumiさん)

ーーパッケージも可愛らしいですが、どのような意図があるのでしょうか。

実は、糸よりもパッケージを作る方が大変でしたね(笑)。糸の質感を見せたかったので、蓋に穴を開けるということは早めに決まっていました。もう一つの狙いとしては、額になるようなパッケージにしたかったというのがあります。さすがに額まではセットに入れられないけれど、せっかくなので完成した刺しゅうを飾れるようにしたくて。この箱だと、完成した生地を中に貼って箱として自立させるような見せ方もできるし、蓋のところだけ切り取って簡易の額として見せることもできます。

あとは、糸を固定するのも難しかったですね。基本はオンラインショップでの販売になるのですが、買ってくれた人の手元に届いた時に、糸が中でぐちゃぐちゃになっているのは嫌だったので、しっかりと止めたかったんです。こういった方向性が決まってからはマルタ工業という親切な町工場にご協力いただいて、サイズ感や厚みなどの打ち合わせと試作を繰り返し、完成にたどり着きました(写真上から8枚目)。(藤枝さん)

ーー今後の展望について教えてください。

美術館などで取り扱ってもらいたいという思いから、誰でもすぐに始められるようにキットにしましたが、なるべく早い段階で糸通しやサンプラーも含め、それぞれバラ売りできればと考えています。今回の展示会に来てくれた方たちは特に自分で刺しゅうを進められるので、「糸だけ単品で売ってほしい」という声が多かったですね。そういった要望に応えつつ、糸の色味を変えたり図案の種類を増やしたりと、幅広いバリエーションを展開していきたいです。今年は告知に力を入れたいのでポップアップショップなどもやりつつ、来年に向けてパターンを増やすための準備を進めていく予定です。

私も一人でひたすら刺しゅうをしていることに限界を感じることもあったのですが、普段とは違い今回のような形で刺しゅうの魅力を伝えていけるのはまた別の面白さがあって、自分の精神的にもバランスよくできました。全ての人に刺しゅうをしてもらいたいというわけではないけれど、このキットは自由研究や他の人への贈り物としても活躍すると思うので、刺しゅうの出番が増えるきっかけになったら嬉しいですね。(atsumiさん)

text:藤枝梢 photo:中矢昌行


Information

ototoito(音と糸)

言葉から伝わる質感に焦点をあてた世界ではじめての刺しゅう糸ブランド。手触りまで楽しく、だれでも特別な刺しゅう作品を作れるキットを通じて、新しい刺しゅうの世界を提案する。第一弾は、「きらきら」「もふもふ」「ふかふか」の3種(各3色)の糸。刺しゅう作家atsumiデザインによるオリジナルの図案、指示書はじめ、刺しゅうに必要な道具がキットになっているので、慣れない方でも気軽に始められ、贈り物にもおすすめ。

装いの庭

「装いに芽吹きを」をコンセプトに、日本の繊維のものづくり・デザインを活かした企画を行う。さまざまな企業とクリエイターとの連携を促し課題解決と新しい市場の創出を目指す。主な仕事は「ハタオリマチフェスティバル」「FUJIHIMURO」「B-TAN」の企画運営、「シマノネ」ファブリック製品の監修など。